Mosalogy

会社辞めてハーバードの大学院に来ちゃった感じ

失うものが多すぎた週末

冷たい雪が降り注ぐ週末、どうお過ごしでしょうか。Mosaです。

 

降る雪が全部メルティキッスなら僕のバレンタインもさぞ充実することでしょう。

 

さて、この週末はうちのプログラムの面接期間でして、僕も受験生の一人について案内役をしていました。

 

面接については以前書いた記事を参考にしていただければと思いますが、実際に面接する時間よりもパーティやらをやっている時間の方が長いです。

 

 

昨日の土曜は面接2日目で、ボストンを観光するみたいなイベントがあったのですが、僕のような在校生は行かなくていいので、それをサボってちょい真面目に本でも読もうかなと思ったわけです。

 

 

一旦本を取りに家に帰る。

 

あ、そういえば地下の荷物室にAmazonで買った商品が届いたんだった。取りに行くか。

 

エレベーターに乗って地下へ。

 

無事に回収。

 

エレベーターで部屋へ戻る。

 

 

 

 

...悲劇はここで起きた

 

学生証を落としてしまい、それが綺麗にエレベーターのシャフトに落っこちてしまった!

エレベーターの床とドアの隙間の部分です。

 

 

これではどうしようもありません。

エレベーターの管理会社的なの、金かかりそう。学生証の再発行は$25だからそっちの方が安そう。

 

 

ただ、いまは休日なので学生オフィスもやってない。

 

よりによって月曜も祝日である!

 

 

学生証ないと困るんだよな。。

 

勉強モードではなくなりました。

 

 

 

ただ、憂いたところで何も変わらないと思って過ごしていると、夕飯の時間に。

 

でっかい教授の家でパーティなので、ひとまず受験生が泊まるホテルに集合し、そこから貸切バスで教授宅へ。

 

 

パーティが終わり、今度は夜遅くから学校でパーティ。

 

 

僕は第一陣で抜けましたが、帰るのは深夜2時。

 

 

え、

 

 

家の鍵がない!

 

 

 

ここまでくるとテンションはだだ下がりというか、もはや理解不能な状況になります。

 

なぜ一日にこんなに物をなくすんだ!?

 

 

結局どうにかして家には帰ったんですが、このままではやばい。

 

鍵の再発行なんて膨大な額がかかる。

 

 

 

てか休日続きで、少なくとも平日になるまで困る。

 

 

実は、教授宅に向かうバスを降りるときから、ポケットがスッキリしてんなとは思ってたんです。

 

 

鍵がない。

バスの中を見渡してもないから、

あ、家に忘れてきちゃったかな。

と思って。

 

 

 

で、深夜2時過ぎに家に帰ると見当たらないわけです。

 

 

井上陽水もびっくりです。

 

 

んで、冷静に考えて、家→ホテル→バスで、バスの時点でなかったとしたら、ホテルにあるんじゃねえかと。

 

 

今朝、ホテルに向かって直接フロントに聞いてみました。

 

「茶色の革のキーケース、ここで無くしたと思うんだけど見つけてたりしませんか?」

 

「茶色の革ね。」

といってお姉さんは裏へ。

 

 

出てきた。

 

 

ドヤ顔で。

 

高く掲げた左手にはアーノルドパーマーのキーケース。

 

 

俺のや!!!

 

 

お姉さんに「ありがとう君は天使だ」と言い残し、一件落着です。

 

しかし学生証は帰ってこない。

こいつに関しては、無くしたというより居場所はわかってる。

 

エレベーターの下や。

 

しかし今はどうしようもない。

 

 

手が届きそうで届かない苦しみを知る週末となりました。

受験生には是非合格を手にしてほしいと思う次第です。

 

 

 

 

皆さま、持ち物には名前と連絡先、書いておきましょう。

 

 

 

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そして追記。

 

日曜の今日、買い物をしようとクレジットカードを出したらどうも使えない

なんどやっても通らないのでデビッドカードを使い乗り切るも、何かがおかしい。

 

そういえば、昨日カード会社から電話かかってきてたな。忙しくて出られなかったんだ。

 

 

家に帰ってとりあえず明細をみてみる。

 

 

身に覚えのない買い物がめっちゃされてる!!

 

 

まじかよ。フィッシングされたか?

コネチカット州でめっちゃ買い物されてました。

昨日は雪のボストンで学生証と鍵無くして苦しんでたっつーの!

 

 

てな訳ですぐにカード会社に電話を掛け直して質問に答え、カードを凍結してもらいました。新しいカードが家に届くまではクレジットカードは使えません。。。

 

 

 

 

この週末、散々すぎないか??

学生証と鍵とクレジットカードを無くしたという。。

(鍵は戻ってきたけど)

 

 

明日はキング牧師にまつわる祝日です。

 

I have a dream!!

 

キング牧師のスピーチの一節ですね。こっちにきて、英語の教科書に出てきました。

 

 

 

I don't have my ID!!

I don't have my credit card!!

 

 

そろそろ僕の祝日ができてもいいとおもうんです。

 

 

いっそのこと死んでみようか

まるでメンヘラのような題になってしまった。mosaです。


結局前回の投稿の後は徹夜で教科書に一通り目を通し終えました。


30歳になって時差ボケに弱くなったようです。

もともと生活は不規則 (ある意味で規則的) ではありますが、ようやく身体が馴染んできた気がします。





とはいえ、いくら身体が馴染んだところでやる気というかエネルギーがわかない。大学生になったあたりから無気力症候群が治りません。



自分なりになんでなんだろうって考えた時に、


「死ぬわけじゃないから」

なんじゃないかと思いました。


がんばらなくてもお金は入ってくるし生きていける。


悪い意味でなんとかなる、と思っているのかもしれません。



大学受験は18歳の一斉のタイミングで行われるので、

「ここで決めないとやべえ」

てのがあるんだと。


まあ浪人ってのも世間にはあると思いますが、うちはそんな金もないし私立に行く金もなかったので。東大落ちたら大学行けねえって感じでした。



ところが大学生にもなれば、勉強しなくたって卒業できるし、会社員になれば、ぶっちゃけ自己鍛錬なんてしないでボーッとやってたって金は入ってくる。


だからやる気が出ないんだと思います。



悪い意味で余裕ができてしまったのでしょう。


貧乏家庭育ちの僕は、いまは絶賛ニート中ですが、それでも日米の口座合わせた貯金額は親の全財産超えてるっぽいんで、人生なんとかなるっしょって心の中でたかをくくっているのかと。



だから、死ぬことにしました。



よく言うじゃないですか。

明日死ぬつもりで生きろって。


僕の場合はそれはきついんですよ。

明日死ぬって言ったって今日卒業できるわけじゃないし。全財産つかって豪遊して終わり。



だから、とりあえずあと1-2年で死ぬ計算で生きてみようかと。


ここで1年にしないのが雑魚感満載ですが。



もしあと1-2年で死ぬなら、卒業してから死にたいです。

ニートで死ぬよりハーバード卒で死にたい。ただのブランド志向です。


可能ならバレンシアガのキャップ、グッチのTシャツにディオールのスキニーとルブタンのスニーカーを合わせて表参道を闊歩したい系男子です。


現実には全身ユニクロですが。



とにかく、あと1-2年で死ぬなら、卒業後の進路なんてどうでもいいから卒業したいって思うと思うんです。


だから、そうやって生きてみようかという気がしました。


もしそれで身体を壊しても、どうせ死ぬ運命なのだからいいじゃないかって思えますよね。


幸い僕の場合は死んでも誰も困らないので。



ただ、最近目にしたこんな言葉も印象に残っています。


「死ぬ気でやるな、殺す気でやれ」


なるほどなぁと思いますが、


俺、平和主義なんだよなあ。





というわけでやる気がでない僕みたいな人は、制限時間付きで死ぬ気か殺す気でやってみたらいいのでは、という当たり障りのない結論でした。



何書いてんだろ。まあいいや。

ひとりごと



アウトプットで脱廃人計画

2019年、廃人化が止まらないmosaです。


思考の言語化の重要性について語られることが増えてきているように感じます。最近では「アウトプット」というように横文字が使われている。


ただ、いくら

「アウトプットは重要です。みんなもっとアウトプットしようよ。」

という風に言われても、


「いやいや、そんなこと言われても何をアウトプットすればいいのかわからないよ」

「今は何も知識がないから、インプットに専念するよ」


となってしまいますよね。

僕はそういうタイプです。他にもそういう人は多いはず。



そういう人って、結局のところ自分に厳しいというか真面目なんだと思います。



わかりますか?僕、いま遠回しに自分のこと真面目だって言ったんです。



要は、アウトプットに対すハードルが高いから、なかなか跳び越えようとしない。


ハードルなんて設けなければいい。ハードル走をただの50m走に変えてしまえば、ただ走るだけでいいのです。



どういうことかっていうと、例えば

「今日はこんな本を読みました。これを批評・解説しようと思います」

なんていうのがアウトプットだと感じているのでしょう。


確かに、インターネットで検索すればそんなようなブログ投稿はいくらでも見つかります。


だから、自分もそのレベルのことをしなければならないと感じてしまう。



「今日はこの本を一通り読んだけど、ぶっちゃけ何も頭に入ってないからアウトプットなんてできないよ。」

「今日はただ仕事をしただけの平凡な1日だったし、なにを見聞きしたわけじゃないから何も記すことなんてないよ。」


と、思ってたりしませんか?



もっといくと、

「2019年、初日から頑張ろうと思ったのに30分の昼寝のつもりが5時間寝てしまって本当に廃人以外の何者でもないよ」

となっていませんか?




え、そんなやついないって??



います。私です。



(時差ボケだと信じています。確かに最近、夜の寝つきは悪かった)



わかりますか?僕は先程、5時間の昼寝をした自分を「真面目な人間だ」と遠回しに表現したのです。




ただ思うことは、いくら廃人だと自分自身を揶揄できても、一応は人間なのです。健康かどうかは人それぞれでしょうが、五感はあるのです。


だから、何もしていないように見えても、実は何かをしている。


アウトプットに対して尻込みをしてしまうのは、自分が今日体験した物事がそれに足るものではないと判断してしまうから。

こんなものを例えばブログに書いても、誰も得をしないと思ってしまうから。


アウトプットっていうのは別に本やブログ、SNSなどの形に残るものでなくても、ただ友人に日常会話として話すだけでもいい。




ここ最近のなかでも最も酷い廃人の僕を例にとってみよう。ハーバードの学生という肩書きがなければただのニートである。



「今日は30分の昼寝のつもりが5時間睡眠になってしまった。」

いま、とてつもなく自分を嫌っている原因である。



いま、こういうクソな1日の振り返りをシンプルに言語化した。

これ、もうちょっと掘り下げられないだろうか。


(いま書きながら思ったが、掘り下げるためにはやはり目に見える形で言語化するのがいい。)




何故?と問いかけるのがとっつきやすい掘り下げかもしれない。


・なぜ30分の昼寝をしようと思ったのか

・なぜ5時間も寝てしまったのか

・なぜ5時間の昼寝でこんなにも自分を嫌っているのか


ほかにも

・「とてつもない」という表現、どうしてこういう言い方をするんだろう?その由来はなんだろう


という疑問だって湧き上がる。

これは上記を言語化する中で無意識にこの表現を使ったからこそ生まれた疑問だ。



いまリアルタイムでこれを書いているからわかる。


もし言語化していなかったら、こういう疑問を抱くこともなかっただろう。





次はこれに対して自分なりに思うことを書いてみる。「自分なり」というのがポイントで、Googleや書籍を漁り一般解を探さなくてよい。それはまだ自分に厳しいというか、高いハードルを設けている証拠だ。



・なぜ30分の昼寝をしようと思ったのか


眠かったからリフレッシュしたかったというのが一つにあるだろう。(何故眠かったかはおそらく後述されるので省略)

しかし、それ以外にも「寒かったのでベッドでぬくぬくしたかった」というのが大きいかもしれない。これはつまり突き詰めれば

「眠かったというより、そこにベッドがあったから」

になってしまうのかもしれない。


そこにベッドがあった理由はもちろん自分の部屋にいたからであり、さらにその理由は「洗濯物を回収しに戻ったから」だ。


ベッドに入った理由は寒かったから。つまり外に出るより家の方が温かいし、更にベッドの中の方が温かいから。



・なぜ5時間も寝てしまったのか


昼寝の理由は寒かったからかもしれないが、それでは5時間睡眠は説明がつかない気がする。気がついたら5時間が経過していたわけで、その間「寒いからまだ出たくない」とすら意識しなかったのだから。


前述の通り、時差ボケかもしれない。週末の夜はベッドに入ってこそいたが、途中で何度も目が覚めた。眠りが浅かったことは十分にあり得る。そういえば日中もカフェや家でうたた寝をしていた気がする。



あるいは午前中のジムが原因かもしれない。日本にいたころは運動をろくにしていなかった。それがアメリカに帰ってきてから急に運動したもんで、数日分の疲れが溜まっていたのかもしれない。


いずれにせよ、体が求めていなければ、寝ることはなかったのである。




ここまで言語化して気がついた。

アウトプットはすごい。


何故なら数分前までは自分のことを「なんてクソな廃人なんだ」と責めて止まなかったのに、数行上では


「きっと疲れてたんだから仕方ないよ」

という風に無意識に自分を慰めているのである。俗にいう正当化だ。


これだけでもかなりの儲けものだが、このままでは何も得るものがないような気がする。次に進もう。



・なぜ5時間の昼寝でこんなにも自分を嫌っているのか


一言でいうと、機会損失だろう。これは経済学の教科書を開けば序盤に出てくる考え方で、「その選択をしたことによって、別の選択肢が犠牲になった」というようなものだと思う。


「時給1000円のバイトを2時間サボりパチンコで2000円すってしまった」

財布から消えた分である2000円の損失と考えるのではなく、きちんとバイトにでていれば得られるはずだった2000円をも得られていないわけだから、4000円の損をしたという考え方である。要は、選択前後を比べるのではなく、異なる選択肢をとった事後を比べるのだ。



すごくないですか。ただ昼寝しただけなのに、なんか経済学の端っこに触れていますよ?


(ちなみに上記が合ってるかどうかは気にしない。ハードルは低く低く。間違ってても気にしない。仮に他人に間違った知識を植えたとしても、こんな昼寝ブログから経済学を学ぼうとする奴がいけないのである。徹底的に開きなおろう。)


しかし脱線は否めない。昼寝の話に戻ろう。

起きていられたはずの時間を失ったことで、できるはずだったことができなくなったと考えているのである。



具体的にはなんだろう。

・アメリカの平日初日、研究室に顔を出して「うぇーい」と言う。「日本はどうだった?」「いやー、飯が美味くて最高。すでにホームシックだよ。」というテンプレートの会話をする。自分の帰省中に新しく短期でラボに加わったぽいメンバーに会って自己紹介をする。まだ会ってないが、机の上に置いてある持ち物やメモを見る限り、ヨーロッパの女の子だろう。


→こう書いてみると、これをしなかったことがそんなに損失とは思えない。別に今日である必要はなかった。

そもそもラボに行かなかった理由は行く必要がなかったからである。早朝に起きてやることはやった。やることが少なかったのは、アメリカに帰ってきて細胞培養を開始して間もないからだ。生物実験は時間がかかる。

上記のテンプレート会話をするくらいなら5時間身体を休ませた方がマシだ、とさえ思えてきた。


・自分を嫌いになるような夢をみた


→夢の内容は基本的に覚えない派だが、この昼寝で見た夢はなんとなく覚えている。


どこか遠くで、グループでバーベキューか何かをしようとしている。

僕は先輩と集合場所に行くルートが重なっていて、途中駅で一旦待ち合わせて、そこから一緒に集合場所に行こうとしていた。


「着きました!」「おっけー、じゃあ○○像のとこにいるね」

なんてLINEをしていた。

あいにく僕が駅をでたとき、そこは○○像とは違う出口で、僕はぐるっと回ってそこに行かなければならなかったが、何を思ったか、僕は電車に乗って自分の家に帰ってきてしまったのだ。

当然なんの連絡もしていない。家に帰ってきて、ベッドに入って寝たのだ。


昼寝から覚めたころには、先輩からのラインとグループラインが溜まっていた。


そりゃあそうだ。着いたと連絡した人間が一向に現れないのだ。ばっくれるとかいうレベルではない。


母親が部屋に来た。「あんた今日お出かけじゃなかったの?」「うん、寝ちゃった。」「何やってんの、なんとかしなさい」


僕は言い訳を考える。

「すみません。待ち合わせ場所まで行ったんですが具合が悪くなって帰りました。バーベキューは行けませんでしたが、二次会から行きます」

とでも投下しようか。いや、いくら体調不良でも、急に連絡が途絶えた理由にはならない。電池が切れたことにしたらいけるか?いや、だったらせめて○○像まで行って先輩に会ってから事情を話して家に帰るのが筋だ。


なぜか家に帰り昼寝をするという不可解な行動をカバーできる言い訳が見当たらないのである。



...というところで目が覚めました。つまりは昼寝で罪悪感を感じる夢を見ながら昼寝から覚めたのです。潜在的に自分への嫌悪感が増幅されている可能性は捨てきれません。なんという昼寝マトリョーシカ。



・カフェに行って、

1) 日本で購入してきた免疫学の参考書を読む

2) 論文や総説に目を通して研究テーマについて考える

→これが一番大きい。カフェである必要はないが、家だとどうしてもパソコンでYouTubeなどを見てしまう。本だけを持って出かければ、本を読める。気晴らしはせいぜい携帯電話くらい。しかしこれだと論文を印刷しなければ(2)は難しい。あくまでしたかったメインは(1)だろう。


確かに今日できなかったことではあるが、今後したいことを言語化できた。自分のなかでこの本を読むことが一番すべきと考えていることだと再認識。


そして(2)はざっくりしている。具体的にどの論文を読みたいと思っていたのか、ぶっちゃけよく把握していなかったのである。

「昼寝したせいで論文読めなかったと感じていても、実はそもそも今日読もうとしていた論文はなかったのかもしれない。」


こう書いて、そういえば読みたい総説あったわ、と思い出す。Ruslan Medzhitovのラボからでた免疫代謝の進化的側面についての総説だ。


しかし上記の一文は消さない。もし会話だったら巻き戻して発言を消去できない。できることは訂正、場合によってはそれに加えて謝罪することだけだ。いまは謝らない。被害者がいないから。



昼寝をしてしまったせいで触れられるはずだったはずの情報に触れられなくなってしまった。

というのが自分を嫌った原因だろう。



・「とてつもない」の由来は?


いま、ブログからタブを切り替えて検索してみた。気が向いたからだ。

とてつは「途轍」。途は道、轍は車輪の跡。それらがない、すなわち、筋道からはずれていることを指し、それが転じて「並はずれた」という意味になったそうだ。


昼寝をしなければ検索しなかったことをできた。昼寝をした自分に感謝だ。

もっというと恥も外聞も捨てて昼寝したことをアウトプットしたから得られたものだ。特にこのブログは匿名だから、よく考えれば初めから恥も外聞もないのである。



いろいろ書き連ねたが、要は昼寝をしたのはぜんぶボストンが寒いからで、いま僕はかつてのJR Skiの広告「ぜんぶ、雪のせいだ」にかつてないほど共感し、改めて広瀬すずの可愛さに思いを馳せている。




寒いからベッドに入った。

じゃあ、どうすればよかったのでしょうか。


暖房を入れればよかったのかもしれません。そういえばまともに暖房入れてなかったな。

あるいは、えいっと家を出てしまえばよかったのでしょう。言うは易し行うは難しですが、いまは言う時間なので。




昼寝の機会損失は、もう取り戻せないのでしょうか。

夜も同等に寝ればそうでしょうが、もし起きて本を読んだら?徹夜なんていうと大それた発言かもしれませんが、今は目が冴えているので、眠くなるまでは本を読む、ということはできるはずです。


明日は今日よりもやる実験がちょっと多いですが、言ってもいつもの時間に始めれば、お昼くらいには終わります。眠いなかの勉強は難しいですが、眠いなかの実験は比較的できます。やらねばならないという意識が強いし、体を動かすので。


ここまで書いてきて、昼寝により漠然と抱いた巨大な嫌悪感は実体化され、なんとなく今は気分がすっきりしています。昼に寝たのなら、今から本を読めばいいや、と。そして、身体が眠くなったら寝ればいい。このままでは時差ボケがなおらない気がしますが、もし必要ならば少しずつ身体が適応してくるでしょう。逆に言えば、そうでないなら、それは「実は時差ボケを修正する必要がない」生活なのかもしれません。



なにより、ただ昼寝をしただけのクソな一日も、掘り下げればこんなに長い文章に変わるのです。たいそうな調べ物をしたわけでもないので、スラスラと書けます。


アウトプットのハードルを極限まで下げた結果です。




「明日、また同じように昼寝をしたらどうしよう。」


その時はその時。同じ一文から、違った思考が生まれるかもしれません。僕らは人間です。何もしていないと感じていても、実は何かをしています。例えば仕事をサボっていればその間YouTubeを観ているわけだし、そこを掘り下げれば何かがあるかもしれない。何を見たかすら覚えてなくても、何系の動画が多かったかくらいは覚えてるかもしれない。掘り下げれば、自分の潜在的な願望とかが見えてくるかもしれない。




掘り下げた結果でもネガティブになっていたら、自分がした些細なことを褒めてみるのも大事かもしれません。


例えば今日の僕で言えば、

・朝4:30に起きて細胞を播種した

・普段書かないけど実験ノートに詳細を記載した

・お昼にセミナーに参加した。後半の発表内容は、メモすらとっていないのにその内容と同定された遺伝子名を覚えている。いま殴り書きしてみよう。

・メールを返した


他の人から見て当たり前でもいいじゃないですか。あるいは自分から見てあたりまえでも、他人から見たらそうじゃないケースもあります。



何も得られなかった一日。インプットがなくたって、こういうアウトプットはできます。

むしろ、インプットがなかったときこそアウトプットしてみたらどうでしょうか。

そのアウトプットは他人に何かをインプットさせることが目的ではないので、有益な内容が伴っている必要はどこにもないのです。



読み手を意識する?そんなもんくそくらえ。自分のために思考を言語化すると、どういうわけかスッキリしますし、それだけで一日が有意義だったんじゃないかとすら思えます。



おすすめです。






遅ればせながら2019年

あけましておめでとうございます。

昨夜、ついに日本から帰って来てしまいました。

 

一気に現実に引き戻された気がします。

 

一年ぶりに家族や友人と過ごしたのですが、みんな一年が経過すれば色々と変わるんだなぁと実感しました。プライベートや仕事だったりね。親戚の子も大きくなっていました。上の子は今年から中学生みたい。

 

対して、僕は昨年の一年間で何の目に見える成果も出していないので劣等感でしたが、久しぶりの人たちに会うと励まされるというか、まだまだ諦めずに頑張らないとなぁと思わされるのでいい刺激です。

 

 

 

今回の休暇では、いつもと違ってあまり洋服を買いませんでした。

ボストンで洋服などを断捨離していたというのもあって。

 

 

その代わり (?) 、イルミネーションが有名なあしかがフラワーパークや、まだまだホットで発展途上な豊洲市場に行ったりと、いい経験ができたと思います。

 

 

....お寿司うまかった。

 

 

 

あとはいつも利用している電子書籍の購入サイトで取り扱っていないような本を数冊ジュンク堂でゲットしたりとか。

 

基本的には都内の居酒屋で友達と飲み語る毎日でしたが、総じて日本の休みはいいものです。

 

 

 

 

 

そういえば、今回の帰省でびっくりしたことは、

 

 

外国人の多さ。

 

 

 

ニュース等で観光客が増えていることは耳にしていましたが、昨年と比べて圧倒的に増えています。行くとこ行くとこ外国人で、1割以上を占めていたんじゃないかって気がします。

 

 

 

最後に、もう書くこともないので、往復の機内で観た映画を列挙して終わろうと思います。順不同

 

 

  • 銀魂2
  • 忍びの国
  • Mr. Poppers' Penguins
  • Smallfoot
  • JATT vs IELTS
  • Crazy Rich Asians

 

なんか忘れているような気がしますがざっとこんな感じ。合わせて24時間のフライトにしては少なめですね。

 

ポイントはインド映画とかも観てみたところ。いつもなら選ばないようなものを選んでいくことで、2019年は視野が少しずつ広がればなぁという思いもあります。

 

 

クソ映画でしたが。

(出来映えではなく、内容というか主人公が) 

 

 

銀魂2の三浦春馬が最初Gacktにしか見えなかったです。

 

 

 

はい、以上です。

 

 

正月太りをなんとかするぞ

 

 

それでは、今年もよろしくお願いします。

日本に着きました

実は今、飛行機の中でこれを書いているんですが。Wi-Fiをゲットしたらあっぷしよーかなと。


昨日に年内最後の投稿だと言っておきながら更新するくせに、大した内容じゃないんですが、ネタができたもので。


僕ね、昔っから引きがいいんですよ。


とっても運が悪い方の。


...運が悪すぎて、逆に天才なんだと思ってます。



飛行機乗るじゃないですか。

食事を提供してくれるじゃないですか。


-1食目-

スチュワーデスのおばちゃんが来ました
黒の短髪。細くて気が強そうな感じ。
カナダ人かな。
「ビーフにしますか?」


.......。

      「えーと、もう一個の選択肢はなんですか?」

「チキンですけど、いま調理中なのであとで持ってきます」


      「じゃあチキンで」




というわけで、自分の目の前にはサイドディッシュが並んでいます。

............。



..........。




来ねえよ!!




いくら待っても来ないです。

むしろごみを回収し出しました。


僕の隣の女性もチキンを待っています。




そのおばちゃんが通りかかったので、
「チキン、来るんですよね?」
と聞いてみました。



「あー来てないの?この列だけだわ。


言ってくれてよかったわ。」



.....はい???
すみません、とかねえの??

ばかなの?

こんなのでイラッとするのは気が小さいんでしょうか。




まあ周回遅れで食事にありつけたのでよかったです。隣の女の子はもはや要らないって言ってました。




-トイレ-
やっぱ12時間を超えるフライトともなれば、トイレに行くじゃないですか。

トイレの前のできる行列、並ぶのが嫌なので結構ギリまで待って、誰もいないタイミングで行く派なんですよ。


はい来たおれのタイミング。

行くじゃないですか。



扉を押して開ける。



足を一歩踏み入れる。



さっきのおばちゃんが猛スピードで向かって来ます。

「先に入っていい?掃除したいの」

        「え、ああ。」


なんかゴミ箱の回収とかその程度だと思ってたら、


なげーよ!!


こっちは限界付近まで溜めてから来てんだ。おまえ、おしっこかけるぞ!?



暫くすると、ガチャっていって出てきました。


ありがとうもごめんなさいも言わず、おばちゃんはおれに声をかけてきました。


「床が滑るかもしれないから気をつけて」



はいどーもありがとうねぇ!!



俺の後ろ並んでないし、もう一人待ってから掃除できなかった?

おれ片足突っ込んでたんだけど。



まあこれも、無事に用を足せたのでよかったとします。



-2食目-

途中で出てきたサンドイッチを含めると3食目になりますが、到着が近づいて朝食スタイルの食事が出てきました。

お粥かオムレツか、の二択。

どーせ日本にいたら日本に食事はいっぱい食べるわけだし、ということでオムレツにしました。


さっきと同じおばちゃんです。

オムレツもすぐきました。

しかし、

「オーマイガッ」

おばちゃんが言ったので見てみると、僕のトレイからフルーツの皿を華麗に床に落としました。


落ちたフルーツを拾い、新しいフルーツを、



くれない!!!!!




何事も無かったかのように、後ろに行って次の人の配膳を始めました。




..............え????

どうして?



暫くたってもフルーツは来ません。


なので、そのあと通りがかった、飲み物をくれる日本人のスチュワーデスにお願いしてみました。歳は僕よりだいぶ上だと思います。


初めて日本語喋りました。


「あの、急がないので、よかったらフルーツを持ってきてもらうことってできますか?」

「ん、なかったの?」

「いや、さっきの黒の短髪の人、ここで落としてオーマイガッって言ったきり行っちゃったんです」





その日本人のスチュワーデスの方は笑いながら言いました。



「マジ??うん、そんな感じ。」





どんな感じですか?

いいんですかそれで?



っていうかあなたも言葉遣いそれでいいんですか??飲み物はいかがですか?って、さっきまで敬語だったじゃん


何はともあれ、その方はすぐにフルーツを持ってきてくれました。

隣の女の子みたいに、ぶどうや二色のメロン、りんごにオレンジ。色とりどりのフルーツや!





...............。


黄色い。ひたすらに黄色い。


パイナップルとオレンジしか入ってねえ!



もはやここまくるとイジメにしか思えません。

え、おれ何かした?


僕、ブラックリストか何かに入ってるの?


そんなこんなで予定より少し遅れて飛行機は着陸しました。
Free Wi-Fiをゲットし、これから荷物を取って税関です。



ちなみに一昨年帰省した時は、最初の数日間で高熱をだして寝込み、

去年の帰省の時は、大雪で飛行機が飛ばずに3日遅れて日本に帰りました。



とりあえず至るところから日本語が聞こえてきて変な気持ちです。

2019年はいい方向に引きが強い男になりたいんですが。

もうエアカナダ乗りたくねえって思っても、帰りもエアカナダです。

それでは、今度こそ良いお年を

暫くの間、実家に帰らせていただきます

mosaです。

いま、初めて携帯電話でブログを書いて投稿しようとしています。


流行りの大きい携帯ではなくiPhone SEという比較的小さめの機種なのでミスタッチが多いです。普段僕のラインを受け取る人は誤字脱字の多さに呆れる事と思いますが、「ラインを送り合う関係の人ならわざわざ打ち直さなくても平気かな」と思ってそのままにしています。


やっぱ携帯はやりづらいわー。

アプリ落とすほどじゃないし。


例によって何の話だって言う感じですが、題の通り、明日から日本にある実家に帰ります。移動を含めると2週間くらいですが、向こうにいるのは10日ちょい。



久々の国際線、映画でも見ようかなと思い、いつも使ってるBluetoothのイヤホンではなく、コード付きのヘッドホンを持っていきます。

コード付きのイヤホン・ヘッドホンだと、しゃがんで立ち上がるときに膝にコードが引っかかって耳が持っていかれるアレがめっちゃ痛くて、

でもBluetoothのイヤホンはすぐ電池が切れる。



どうにかなりませんか


僕が日本から帰ってくるまでの間、なんとか新しい発明をしておいてください。




帰国して暫くは自分の家族や親族と過ごし、年始からは各コミュニティの友人と会う予定です。ずっと関東です。



なのでこんなブログを読んでいる親切な日本のあなたとオフ会をする気はないんですが、


僕が一人でいるとき、僕のことを見かけて

「もしかしてあのうんこブログ書いてません?」

とかお声掛けくださっても構わないです。



十中八九、人違いでしょうけど。



というわけで明日は早朝の離陸です。ぼくの離陸も棒読みです


Air Canadaです。直行便なんてお金がなくて買えませんでした。


カナダ乗り換えなので、空港からカナダを満喫したいと思います。



昨年もカナダ乗り換えだったので、その際に取得したeTA (ESTAみたいなやつ) で今回も平気なはず。



何はともあれ、何気なく始めたこのブログ。質はどんなに悪くてもいいからできるだけコンスタントに続けようと思ってまして、


気がつけば昨日の投稿が100回目だったようです。


自分にしてはちゃんとやってんな、と。



これが2018年最後の投稿だと思いますが、2019年の抱負は語らないでおきます。

性格上、一度抱負を形にしてしまうと、守れなかった場合の自己嫌悪が異常なレベルに達してしまうので。



漠然とした目標を、そっと心の中だけに置いておきます。


ざっくり、いろいろなことや物に触れてみたいなあと思います。

去年も同じことを思ってた気が。


人間そんなものか。



次の投稿は日本から帰ってきた1月第2週のどこかになると思います。



いつもこんなものを暇つぶしに読んでくださってありがとうございます。


みなさま、よいお年を。


新薬に挑んだ日本人科学者たち / 世界を救った日本の薬 - 塚崎朝子

mosaです。

 

赤いりんごを用意してください。品種はなんでもいいです。

それをマグカップでもなんでもいいので、容器に入れてください。

それを、電子レンジに入れて1分間温めてみてください。

 

温め終えたら、火傷をしないように容器を掴んでりんごを取り出し、これまた火傷に注意してりんごを丸ごとかじってみてください。

 

うまいです。アップルパイの中身みたいな歯ごたえ・味のやつが簡単にできます。

 

 

油断していると口の中を火傷するレベルで熱くなっているので、気をつけながらゆっくりと食べてください。

 

するとびっくり、ゆっくり食べることによって満腹中枢もより刺激され、ダイエット効果も抜群です。

 

 

はい。

 

もうすぐ2018年も終わっちまいますね。

ということで、かなり昔にセールをやっていたためまとめ買いしたブルーバックスの電子書籍を読み終えました。

 

こちらの二冊。どちらも同じく、科学ジャーナリストである塚崎朝子さんの執筆です。

上の本が2013年、下の本が2018年の出版で、どちらも日本のアカデミア・製薬企業から薬が誕生した際のストーリーが記されています。

ついでに、目次も貼っつけておきます。

 

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第1章 「殿堂入り」した創薬
1-1 スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)

第2章 化学合成と天然由来
2-1 クラビット(レボフロキサシン)
2-2 プログラフ(タクロリムス)

第3章 死病と向き合って
3-1 レトロビル(アジドチミジン:AZT)
3-2 ヴァイデックス、ハイビッド(ジダノシン、ザルシタビン:ddI,ddC)
3-3 プリジスタ(ダルナビル)

第4章 難病に光を
4-1 アリセプト(ドネペジル塩酸塩)
4-2 カンプト(イリノテカン塩酸塩)

第5章 生活習慣病に克つ
5-1 フェブリク(フェブキソスタット)
5-2 ガスター(ファモチジン)
5-3 パリエット(ラベプラゾールナトリウム)

第6章 情報伝達タンパク質を薬に
6-1 リュープリン(リュープロレリン酢酸塩)
6-2 ハンプ(カルペリチド)
6-3 インターフェロンの発見

第7章 分子を狙い撃つ抗体医薬へ
7-1 アクテムラ(トシリズマブ)

終章 日本人と創薬
解説 薬のできるまで

 

 

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第1章 画期的新薬を創った日本人科学者たち
第2章 世界を救った薬
・イベルメクチン
3億人を失明から救った画期的新薬でノーベル賞(大村智)
・ファビピラビル
新型インフルエンザとエボラ対策の「切り札」を開発(白木公康)
第3章 がんを薬で治す時代に
・ニボルマブ
免疫治療に革命を生む免疫チェックポイント阻害薬(本庶 佑)
・クリゾチニブ
肺がん治療の「魔法の弾丸」となる分子標的治療薬(間野 博行)
・トラメチニブ
世界唯一のスクリーニング法で開発したMEK阻害薬(酒井 敏行)
・モガムリズマブ
難病「成人T細胞白血病」の光明となる抗体医薬(上田 龍三)
第4章 生活習慣病を抑え込め
・カナグリフロジン
腎臓を標的にした全く新しい糖尿病治療薬(野村 純宏)
・ジルチアゼム塩酸塩
日本発ブロックバスターの先駆け(長尾 拓)
・カンデサルタンシレキセチル
米国大手との熾烈な競争で誕生したヒット商品(仲 建彦)
第5章 ペプチド・ハンティングから薬へ
・ボセンタン スボレキサント
ペプチド探索で創薬につながる新規物質を発見(柳沢 正史)
第6章 中枢神経に働きかける
・アリピプラゾール
研究打ち切りの危機を乗り切り、全米処方薬トップ10に(大城 靖男・菊地 哲朗)
・ナルフラフィン塩酸塩
夢の鎮痛薬の臨床試験失敗から誕生した痒み止め(長瀬 博)
第7章 難病もよくある病気も
・フィンゴリモド塩酸塩
生薬「冬虫夏草」の成分を用いた多発性硬化症治療薬(藤多哲朗)
・タムスロシン塩酸塩
産学連携が生んだ前立腺肥大症治療を変えた新薬(竹中登一)

 

 

個人的には二冊目の方が読み応えがありました。

例えば今年ノーベル賞を受賞して話題となったPD-1抗体オプジーボの話は、こっちの方に記載されています。(本の出版はノーベル賞発表の前です)

 

だいたいどんな薬も、社内での反対を受けたり、うまくいかなくてプロジェクトが中止寸前になったりと、出来上がるまでには多くのドラマを経ているものです。

 

 

 

特に現時点で研究の場に身を置いている自分からすると、目の付け所だったり心構えだったり、学ぶことは多くあります。

 

 

というか僕、ここに来る前に某製薬企業で研究員やってたんですけどね、

思いました。

 

 

うちの会社結構すげーじゃん?

 

と。

 

退職している以上、もう「うちの会社」などという表現はできませんが。

 

この本にも結構名前が出ています。僕の上司 (直属ではなくもっと上ですが) の個人名もちらっと出てきます。

 

当たり前ですが僕の名前は出てきません。

 

 

 

上記のように、創薬は様々な苦境を乗り越えて達成される、というのは事実ですが、同時にこの本を読んで感じたことは、

 

「登場人物 (薬を作った人たち) 、最初からめっちゃ優秀説濃厚」

 

「入社一年目で〜」とか、若い頃からなんか優秀で成し遂げちゃっている延長線上で薬を創っているような気がしてなりません。

 

「昔は超バカで成績も下から数えた方が早くて仕事も誰よりもできなくて、クビ寸前だったけどめっちゃ大器晩成でやってやったぜ」的なエピソードの一つでもないと、僕のような劣等生としては報われないわけです。

 

 

 

しゃーねーな、第一人者になってやるか。